現在、私の口座にある総資産は5400万円を突破し、いわゆる「準富裕層」と呼ばれる層に到達しました。
東京に購入したマンションのローンを1000万円ほど抱え、今年中学生になる子供を持つ、ごく普通の会社員です。
ここ数年は年収も1000万円を超えるようになりましたが、私の社会人生活のスタートは決してエリートと呼べるものではありませんでした。
20代の頃は手取り20万円。
しかもその半分が家賃で消えていくという、毎月がサバイバルのような極貧生活からの出発です。
そこから血を吐くような節約を重ね、2020年頃から本格的に投資の世界へ足を踏み入れました。
100万円で生活防衛資金を作り、300万円で誘惑を断ち切り、500万円で投資の土台を固め、1000万円で資本主義の引力を知る。
そして、積み立てと節約を愚直に継続した人間だけがたどり着くのが、「資産3000万円」という巨大な壁です。
金融庁の分類によれば、資産3000万円以上は「アッパーマス層」と呼ばれ、日本の上位約20%に入ります。
口座の残高がこの大台に乗ったとき、日々の生活やお金に対する価値観はどのように変化するのでしょうか。
今回は、労働と資産の関係性が完全に逆転する、3000万円の世界についてお話しします。
もう一人の自分が働き始める。「資産の増減」が年収に迫る恐怖と快感
資産が3000万円を超え、その大半をS&P500などのインデックスファンドや高配当ETFに投下していると、資産の増減スピードがこれまでのフェーズとは全く違う次元に突入します。
例えば、相場が年間で10%上昇したとします。
3000万円の10%は「300万円」です。これは、新入社員の年収や、パートナーのパートタイム収入を軽く超える金額です。
自分が会社で嫌な上司に頭を下げ、満員電車に揺られながら稼ぐお金とは全く別のところで、パソコンの画面の中にある「資産」が勝手に300万円を稼ぎ出してしまうのです。
逆に言えば、数ヶ月で数百万円が吹き飛ぶ暴落も日常茶飯事になります。
しかし、ここまで資産を育ててきたあなたなら、相場の乱高下に一喜一憂して狼狽売りをするようなことはもうありません。
「下がったら買う」というルールが血肉となっているため、数百万円のマイナスを見ても「今は安く仕込めるバーゲンセールだな」と冷徹に判断できるようになっています。
VYMなどの高配当株を組み込んでいれば、配当金だけで年間数十万円が振り込まれます。
ここまで来ると、「もう一人の優秀な自分が、24時間365日休まずに働いて家計にお金を入れてくれている」という感覚が明確になります。
複利の雪だるまは、もはや人間の力では止められないほどの巨大な岩となって転がり始めているのです。
労働は「生きるための義務」から「人生の選択肢」へ
資産3000万円がもたらす最大の恩恵は、高級車が買えることでもタワマンに住めることでもありません。
それは、「会社に依存しなくても、数十年は生きていける」という圧倒的な事実です。
私のように、節約が骨の髄まで染み付いている人間であれば、月の生活費を低く抑えることは容易です。
仮に年間300万円で生活したとしても、資産を取り崩すだけで10年は生きられます。
運用を続けながらであれば、その期間はさらに延びるでしょう。
この事実があるだけで、仕事に対する精神的なプレッシャーは嘘のように消え去ります。
「最悪、明日会社を辞めても家族を路頭に迷わせることはない」という絶対的な安心感。
これがあるからこそ、職場での理不尽な要求に対して毅然とした態度を取れたり、昇進試験や面倒なプロジェクトに対しても、過度なストレスを抱えずに冷静に向き合えたりするようになります。
労働は「明日食べるために絶対にやらなければならない義務」から、「社会との接点を持ち、自分のスキルを磨くための選択肢」へと変わるのです。
深刻化する「ラストエリクサー症候群」の罠
しかし、この3000万円というフェーズには、真面目に節約と投資を続けてきた人間だからこそ陥る「深いジレンマ」が待ち受けています。
それが、私が「ラストエリクサー症候群」と呼んでいる現象です。
手取り20万円の極貧時代から、貧困という恐怖から身を守るために「節約」という最強の鎧を着込んで戦ってきました。
その結果、資産を増やすこと(入金力を高めること)には異常なほど長けてしまった一方で、「お金を楽しく使うこと」への強烈な罪悪感が消えなくなってしまうのです。
RPGゲームで、貴重な回復アイテムを「もったいない」と言ってボス戦でも使わず、結局エンディングまで残してしまうあの現象と同じです。
老後破産などの見えない不安に怯え、せっかく築いた3000万円という資産を、ただの数字のまま死ぬまで抱え込んでしまうのではないか。そんな恐怖が頭をよぎるようになります。
見栄のために高級車やハイブランドを買うことは一生ないでしょう。
しかし、お金には明確な「賞味期限」があります。
60歳になってから数千万円を持っていても、思い切り体を動かす体力も、新しいものに感動する感受性も衰えています。
だからこそ、この3000万円という壁に到達したあたりから、私たちは「いかに増やすか」だけでなく「いかに美しく、自分の魂が喜ぶことにお金を使うか」という正解のない問いに直面することになるのです。
「納得感」に課金し、自分の人生を取り戻す
3000万円を超えたら、お金をただの数字として貯め込むのではなく、自分をアップデートするための「一次体験」に意識的に資金を投下する訓練が必要です。
私の場合であれば、週末のカラオケで精密採点を極めるための時間を確保したり、日々の筋トレの質を上げるために最高のフィットネス環境や食事(プロテインやサプリメント)に投資したりしています。 また、歴史的な建造物を巡る一人旅や、手つかずの自然の中を歩くような「誰にも縛られない静かな時間」を買うことには、一切の妥協をしないと決めています。
周りがどう思うかではなく、自分自身が心から「納得」できるか。
この基準でお金を使えるようになれば、あなたの人生は真の意味で自由になります。
手取り20万円から始まった長く苦しい戦いは、この3000万円の壁を越えたあたりで完全に勝敗が決します。
もしあなたが今、この場所を目指して必死に節約と積み立てを続けているなら、その努力は絶対に裏切りません。日々の変動に惑わされず、淡々と自分の決めたルールを守り抜いてください。
次回は、いよいよこのシリーズの終着点。私が現在到達している「5000万円(準富裕層)の壁」と、増やすゲームを終えた後のリアルな心境についてお話しします。