住まい

13年前に都心マンションを買った僕が、今「家を買いたい」あなたに伝えたいこと

2025年7月30日

はじめに:僕はただ、幸運だった。

僕は今、東京23区内にあるマンションで、家族と暮らしている。このマンションを購入したのは、今から13年前のことだ。価格は5000万円弱、自己資金を多めに入れたので住宅ローンは2000万円ほど。固定金利で、1%程度。

今振り返ると、僕はただ、途方もなく幸運だったのだと痛感する。

昨今、ニュースを賑わせる不動産価格の高騰。都心の新築マンションは億を超えるのが当たり前になり、住宅ローンの金利も、長かったゼロ金利時代を終えて、じりじりと上昇を始めた。

もし、13年前の僕がタイムスリップして、今の東京で家を探すとしたら。僕は、果たして同じ決断ができただろうか。いや、おそらく無理だっただろう。あまりの価格の高さに恐れをなし、すごすごと賃貸暮らしを続ける道を選んでいたに違いない。

だからこそ、思うのだ。 周りが家を買い始め、メディアが「まだ上がる」と煽り、言いようのない焦燥感に駆られているであろう、今のあなたへ。

この熱狂した市場で、本当に「今」、人生最大の買い物をするべきなのだろうか、と。

今日は、ただ運が良かっただけの僕が、自身の経験と現在の市場に対する一人の生活者としての肌感覚を基に、これから住宅購入を考えているあなたに、少しだけ立ち止まって考えてみてほしいことを伝えたい。

第1章:僕がマンションを買えた「幸運な時代」とは何だったのか

13年前。それは、東日本大震災からまだ日が浅く、日本全体がどこか自粛ムードに包まれ、将来への楽観的な見通しが持てずにいた時期だった。不動産市場も、今のような熱狂とは無縁で、比較的落ち着いていたと記憶している。

僕が購入したマンションも、今思えば「よくぞあの価格で買えたな」という水準だった。もちろん、当時の僕にとっては清水の舞台から飛び降りるような決断だったが、それでもまだ、普通のサラリーマンが少し背伸びすれば手が届く範囲に、「都心に住む」という選択肢が存在していた。

そして何より大きかったのが、金利の低さだ。僕が組んだ変動金利1%弱という数字は、もはや歴史的な低水準だった。この「低金利」という追い風が、僕の決断を後押ししてくれたことは間違いない。

僕は不動産のプロではない。ただ、少しだけ周りより早く「家が欲しい」と考え、そのためにコツコツと自己資金を貯め、たまたま良いタイミングで市場に参入できた。それだけのことだ。

しかし、その「タイミング」こそが、不動産購入において最も重要で、そして最もコントロールが難しい要素なのだということを、今の市場を見るたびに痛感させられる。

第2章:なぜ今、「待ち」を推奨するのか?現在の市場の“歪み”

ではなぜ、僕はこれから家を買おうとする人に「待った方がいいかもしれない」と伝えたいのか。それは、現在の不動産市場が、いくつかの要因によって、冷静な判断がしにくいほど“歪んでいる”と感じるからだ。

1. もはや異次元の「価格高騰」 言うまでもなく、現在のマンション価格は異常な水準にある。資材価格の高騰、建設業界の人手不足、そして海外からの投資マネーの流入。様々な要因が絡み合い、都心の新築マンションの平均価格は、普通のサラリーマンの生涯年収をはるかに超えるレベルにまで達してしまった。この価格は、果たして持続可能なのだろうか。僕には、実態経済から大きく乖離した、危うい熱狂のように思えてならない。

2. 終わりを告げた「超低金利時代」 僕たちが長らく当たり前のものとして享受してきた「ゼロ金利」の時代は、明確に終わりを告げた。日銀が金融政策の正常化へ舵を切り、住宅ローンの金利はじわじわと上昇トレンドに入っている。 例えば、5000万円を35年で借りるとする。金利が1%違えば、総返済額は1000万円近く変わってくる。これは、決して無視できない数字だ。低金利を前提に組まれたライフプランは、金利上昇によって根本から覆されるリスクを孕んでいる。

3. 進むインフレと、追いつかない賃金 僕たちの身の回りのモノの値段は、どんどん上がっている。一方で、僕たちの給料は、それと同じペースで上がっているだろうか。多くの人にとって、答えは「ノー」だろう。実質的な可処分所得が減っていく中で、過去最高値の不動産を、これから上がるかもしれない金利で買う。これは、冷静に考えれば、非常にリスクの高い賭けではないだろうか。

第3章:歴史は繰り返す。「リセッション」という名のチャンスを待つ勇気

「この熱狂は永遠には続かない」

これは、僕の個人的な予測に過ぎない。未来がどうなるかなんて、誰にも断言はできない。しかし、これまでの経済の歴史を振り返れば、好景気の山があれば、必ず不景気の谷が訪れる。バブル崩壊、アジア通貨危機、ITバブル崩壊、リーマンショック。僕たちは、何度もそのサイクルを経験してきたはずだ。

インフレを抑制するための金融引き締めは、景気を冷やす効果を持つ。世界経済の動向も不透明だ。いつか、どこかのタイミングで、経済が後退局面、いわゆる「リセッション」に突入する可能性は、決して低くないと僕は考えている。

もし、リセッションが訪れたら、不動産市場はどうなるだろうか。

企業の業績が悪化し、ボーナスカットやリストラが増える。すると、高額な住宅ローンを返済できなくなる人が増え、手放さざるを得ない中古物件が市場に増え始める。新築マンションも、高すぎて買い手がつかなくなり、価格を下げざるを得なくなる。

市場が恐怖に包まれ、誰もが買い控えるその瞬間こそ、虎視眈眈と現金を貯め込んできた買い手にとって、最大のチャンスが訪れるのだ。リーマンショックの後、都心の不動産価格が大きく下落した時期があったことを、記憶している人もいるだろう。歴史は、繰り返す可能性がある。

第4章:では、「その時」まで何をすべきか?今こそ自己資金を研ぎ澄ますとき

では、来るべきチャンスの日に備え、僕たちは今、何をすべきなのだろうか。僕は、以下の3つの行動が重要だと考えている。

1. とにかく自己資金を積み上げる 今は、無理してローンを組むときではない。来るべき買い場に備え、ひたすら自己資金、つまり現金を貯め込むべき時だ。頭金を物件価格の3割、4割と用意できれば、ローン借入額を大幅に減らすことができる。それは、金利上昇リスクに対する最強の盾になる。収入を増やす努力と、徹底的な支出管理。今こそ、資産形成の基本に立ち返るときだ。

2. 家族と「理想の暮らし」を語り合う 焦って物件情報サイトを眺める前に、もっと大切なことがある。それは、家族と「自分たちは、どんな暮らしがしたいのか」を徹底的に語り合うことだ。本当に必要な広さは?通勤時間はどれくらいが理想?子どもの教育環境は?休日はどう過ごしたい?そうしたライフプランの解像度を上げていくことで、いざ物件を探すとなったときの判断軸が明確になる。

3. 情報収集を続け、「自分だけの相場観」を養う 買い時を待つ間も、情報収集は続けよう。気になるエリアの不動産サイトを定期的にチェックしたり、実際に街を歩いてみたりする。そうやって、自分の中に「このエリアで、この広さなら、大体これくらい」という相場観を養っておくのだ。その相場観があれば、市場がパニックに陥ったときでも、その物件が本当にお買い得なのかどうかを、冷静に見極めることができる。

おわりに:賢明な買い手は、熱狂の渦中では踊らない

僕が今日、伝えたかったことは、「家を買うな」ということでは決してない。むしろ逆だ。あなたに、心から納得のいく、最高の家を手に入れてほしい。そう願っている。

だからこそ、言いたいのだ。 「今、慌てて買う必要はないのではないか」と。

家は、人生で最も大きく、そして最も長く付き合う買い物だ。市場の熱狂や、周りの声に煽られて下す決断ではないはずだ。

今は、嵐が過ぎ去るのを待つように、静かに、そして着実に力を蓄えるとき。来るべきチャンスの日に、誰よりも有利な立場で、最高の獲物を狙えるように。

熱狂の渦中では踊らず、冷静に市場を観察し、虎視眈眈とチャンスを狙う。そんな賢明な買い手になるための準備期間として、今の時間を大切に使ってみてはどうだろうか。

これは、13年前に幸運にも船に乗れただけの、一人の男からのささやかなエールだ。

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