働き方

AI全盛時代に「中間管理職」が排除される。そして、新しい王が生まれる

2025年8月13日

あなたの隣の“マネージャー”は、なぜそこにいるのか?

オフィスを見渡せば、当たり前のように存在する「中間管理職」という存在。彼らは会議を設定し、部下の進捗を追い、経営層からの指示を現場に噛み砕いて伝える。僕たちは、その光景を何の疑いもなく受け入れてきた。

しかし、僕は、ある時から根源的な問いを抱くようになった。 「そもそも、なぜ中間管理職は必要なのだろうか?」と。

その答えは、驚くほどシンプルだ。それは、人間の生物としての限界に起因する。 かつての経営者は、全知全能の神ではなかった。彼らは、組織の隅々で起きていることのすべてを、物理的に把握することはできなかった。人間の脳が一度に安定した関係を維持できる上限数を示す「ダンバー数」のように、一人の人間が直接管理し、情報を処理できる量には、厳然たる限界があったのだ 。  

中間管理職とは、この「人間の認知能力の限界」という問題を解決するために生まれた、生物学的なソリューションだった。彼らは、経営層の目となり耳となり、情報をフィルタリングし、翻訳し、伝達する、人間でできた情報処理ハブだったのだ。経営層の本音は、いつだって「見れるものなら、全部見たい」だったはずだ。

しかし、今。その前提が、生成AIの登場によって、根底から覆されようとしている。


第一章:偉大なる“解体”。AIがいかにして管理職の仕事を奪うか

かつて中間管理職が担ってきた伝統的な役割は、今、驚異的なスピードでAIに代替され、あるいは“解体”されつつある。

① 進捗管理という名の“監視”業務の終焉

「あの件、どうなってる?」——。この、マネージャーの口癖とも言える問いは、もはや過去の遺物となりつつある。 Asana、ClickUp、JiraといったAI搭載のプロジェクト管理ツールは、チーム全体のタスク状況、遅延リスク、リソースの偏りをリアルタイムで可視化する 。経営者は、もはや中間管理職の報告を待つまでもなく、ダッシュボードを一目見れば、組織の血管の隅々まで血液が流れているかを把握できるのだ。  

② モチベーション維持という“感情労働”の自動化

部下のモチベーション維持やエンゲージメント向上も、中間管理職の重要な役割だった。しかし、これもまた、HRテックの領域でAIがその能力を発揮し始めている。 GoogleやSalesforceといった企業では、従業員のサーベイ結果やコミュニケーションデータから、AIがチームの感情や価値観のズレを分析し、マネージャーに具体的な改善アクションを提案する仕組みが導入されている 。AIは、人間以上に客観的に、そして不知不覚のうちに、組織の「心の健康状態」を診断し始める。  

③ 情報伝達という“ハブ機能”の消滅

経営層の意向を現場に伝え、現場の声を経営層に届ける。この「情報の翻訳・中継」こそが、中間管理職の存在意義の核だった。 しかし、AIによるリアルタイムのデータ共有や、会議内容の自動要約機能は、このハブ機能を不要にする 。情報は、組織内をよりフラットに、より速く駆け巡る。その結果、組織は、固定的な階層構造から、プロジェクトごとに専門家が集まり、終われば解散する「シャボン玉型のプロジェクト組織」へと、その姿を変え始めている 。  

もはや、AIが代替するのは「よくね?」というレベルではない。多くの場合において、AIは人間の中間管理職よりも、速く、正確に、そして感情のバイアスなく、これらの業務を遂行できるのだ。


第二章:AIには決してできないこと。人間に残された、最後の聖域

では、すべてがAIに代替されるのか。僕たちの仕事は、すべてAIに奪われてしまうのか。 いや、そうではない。AIがどれだけ進化しようとも、決して踏み込むことのできない、人間にのみ残された最後の聖域が存在する。

それは、「責任を伴う、意思決定」だ。

AIは、過去の膨大なデータから、最も確からしい「予測」や「最適解」を提示することはできる 。しかし、AIには決定的に欠けているものが三つある。  

① 倫理観と感情

AIは、データに基づいて合理的な判断を下すが、そこに倫理観や感情、共感といった人間的な要素は存在しない 。例えば、リストラ候補者のリストをAIが作成することはできても、「誰の人生を、どう守るべきか」という、痛みを伴う倫理的な判断は、人間にしかできない。  

② 未知への対応力

AIは、本質的に過去のデータの延長線上でしか思考できない 。前例のない市場の変化や、地政学リスクといった「非連続的な変化」に直面した時、AIの予測モデルは沈黙する 。過去の地図が役に立たない荒野で、進むべき道を決めるのは、人間の役割だ。  

③ 責任の所在

そして、これが最も重要だ。AIは、自らの判断の結果に対して、一切の「責任」を負うことができない 。AIの提案に基づいた決定が、壊滅的な失敗を招いた時、その責任を取るのはAIではない。最終的なGOサインを出した、人間だ。人々はAIに責任を転嫁しようとする傾向があるが、それは単なる逃避に過ぎない 。  

つまり、AIは最強の「参謀」にはなれるが、決して「王」にはなれないのだ。玉座に座り、最後の決断を下し、その結果のすべてを引き受ける。それこそが、人間に残された、唯一にして最も尊い役割なのである。


第三章:新しい王の条件 - 「意思決定スキル」という名の、究極の能力

中間管理職という“役職”は消える。しかし、組織の結節点として、高度な“意思決定”を担う人材の価値は、むしろ爆発的に高まる。これからの時代を生き抜く「新しい王」に必要なのは、もはや部下を管理する能力ではない。それは、未来を予測し、複雑な状況下で最善の一手を打つ「意思決定スキル」だ。

そして、このスキルは、単一の専門知識だけでは決して身につかない。それは、複数の異なる知性を掛け合わせることで生まれる、総合芸術のようなものだ。

① データ(AIの示唆) × 経験(人間の直感)

AIが提示する客観的なデータや分析結果。それは、意思決定の重要な土台となる。しかし、データだけを信じる経営は、時に大きな過ちを犯す 。  

そこに、長年の経験によって培われた「直感」や「肌感覚」を掛け合わせる必要がある。スティーブ・ジョブズが、市場調査のデータではなく、自らの直感を信じてiPhoneを生み出したように、優れた意思決定者は、データを超えた部分に真実を見出す力を持つ 。  

② 専門知識 × リベラルアーツ(幅広い教養)

特定の分野における深い専門知識はもちろん重要だ。しかし、それだけでは視野が狭まり、複雑な問題の全体像を見誤る。 そこで必要になるのが、哲学、歴史、芸術といった「リベラルアーツ」だ。リベラルアーツは、「正解のない問い」に対して、多角的に、そして深く思考する力を養う。なぜ、この事業は社会にとって善なのか。歴史的に見て、この戦略はどのような帰結を辿る可能性があるのか。こうした問いを立てる力こそが、AIにはできない、人間ならではの価値となる。

③ 分析思考 × システム思考

問題を個別のパーツに分解して分析するロジカルシンキングは重要だ。しかし、それだけでは、要素間の複雑な相互作用を見落としてしまう。 これからの意思決定者に求められるのは、物事の繋がりや、全体の構造を捉える「システム思考」だ 。ある部門での効率化が、別の部門で予期せぬ副作用を生むかもしれない。短期的な利益追求が、長期的なブランド価値を毀損するかもしれない。この複雑な因果関係のループを読み解く力こそが、持続可能な意思決定を可能にする。  


管理職(マネージャー)になるな。意思決定者(ディサイダー)たれ

AIの全盛時代が、僕たちに突きつけている現実は、残酷なほどにシンプルだ。 「管理」は、機械の仕事になる。しかし、「決断」は、永遠に人間の仕事であり続ける。

もはや、僕たちが目指すべきキャリアの頂は、「多くの部下を束ねるマネージャー」ではない。それは、AIという最強の参謀を従え、データ、経験、教養を統合し、未来を賭けた一手を見出し、その結果に全責任を負う「孤高の意思決定者」だ。

その椅子に座るために、僕たちは今日から、何を学ぶべきか。 それは、特定のツールの使い方や、管理手法のノウハウではない。 歴史を学び、哲学を読み、多様な人々と対話し、そして、小さな失敗を繰り返しながら、自分だけの「判断軸」を、心の中に研ぎ澄ませていくことだ。

中間管理職という役職は、いずれ消える運命にある。 しかし、それは絶望ではない。僕たち一人ひとりが、自らの人生の「意思決定者」として、自律的に生きる時代の、幕開けなのだから。

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