年収1000万円の手取りは、800万円にも満たないという現実
僕の年収は、約1000万円だ。 20代の頃、ぼんやりと憧れていた一つの大台。しかし、その給与明細を見るたびに、僕の心は静かな溜息で満たされる。なぜなら、そこから所得税、住民税、健康保険、厚生年金、雇用保険…と、合計で200万円以上が、有無を言わさず天引きされているからだ。
年収1000万円。その響きから、多くの人は「富裕層」をイメージするかもしれない。百貨店の外商がつき、高級レストランで夜な夜な会食し、年に一度は家族で海外旅行へ。 しかし、現実は全く違う。
東京で住宅ローンを抱え、子どもを育てる。その生活は、決して贅沢なものではない。むしろ、日々の倹約の上に、ようやく成り立つささやかな自由があるだけだ。家族を連れて海外旅行に行く余裕など、どこにもない。行けたとしても、台湾や韓国といった近隣諸国が精一杯だろう。
もちろん、僕が支払っている税金や社会保険料が、無駄だと言いたいわけではない。 健康保険の恩恵は受けているし、厚生年金は未来の自分への仕送りだ。雇用保険は、万が一の時のセーフティネットになる。僕自身、過去に「教育訓練給付制度」を利用して、その恩恵を直接受けた一人でもある。
理屈では、わかっているのだ。しかし、それでもなお、この強烈な「重税感」は、僕の肩に重くのしかかる。
第一章:「沈みゆく船」と、僕たちを慰める奇妙な“安心感”
この感覚は、僕だけのものではないだろう。そして、これから先、インフレがさらに進めば、僕たち庶民の生活は、もっと厳しくなるに違いない。
この国は、まるでゆっくりと沈みゆく巨大な豪華客船のようだ。 僕たちは、その船から逃れる術を持たない乗組員であり、乗客だ。そして、この状況には、一つだけ、奇妙な“安心感”が伴う。
それは、「自分だけではない。この船に乗っている限り、誰もが平等に、ゆっくりと沈んでいくのだ」という、諦めに似た連帯感だ。富裕層は救命ボートで逃げ出すかもしれないが、僕たち大多数は、同じ運命を共にする。その事実に、僕はどこか慰められている自分を発見する。
しかし、本当にそれでいいのだろうか。 ただ、運命を共にする仲間がいることに安堵し、無気力に沈んでいくのを待つだけで、僕たちの人生は、本当に報われるのだろうか。
第二章:船には二種類の人間がいる。「ただ税金を払う人」と「制度を使い倒す人」
僕は、この沈みゆく船の上で生き抜くために、乗組員たちを二種類に分けて観察することにした。
一方は、ただ文句を言いながら、黙々と税金を払い続ける「乗客」だ。 彼らは、税金を「奪われるもの」としか見ていない。制度を知ろうとせず、ただ毎月、給与明細を見ては溜息をつく。彼らにとって、税金は一方通行のコストでしかない。
もう一方は、船の隅々まで知り尽くし、あらゆる制度を使い倒す「航海士」だ。 彼らは、税金を払う義務を果たす一方で、それが作り出す「制度」という名の船内設備を、徹底的に利用する。子育て支援、医療費控除、そして「教育訓練給付制度」のような、自己投資を後押ししてくれる仕組み。彼らは、自分が払ったコストを、何倍にもして取り戻す方法を知っている。
制度を知らないことは、罪ではない。しかし、それは確実に「損」である。 何もしなければ、僕たちはただ税金を払い損ねるだけの「乗客」で終わってしまう。この重税感という名の霧の中で生き抜くためには、僕たちは賢い「航海士」にならなければならないのだ。
第三章:僕自身の失敗談 - “昨日の正解”に、制度を投資してしまった話
僕自身、かつてはこの「航海士」を目指し、行動した一人だ。 数年前、僕は「教育訓練給付制度」を利用して、TechAcademyのプログラミングコースを受講した。これからの時代はプログラミングだと信じ、国の支援を受けながら、必死でスキルを学んだ。
その選択は、当時としては「正解」だったと思う。 しかし、時代は、僕の想像を遥かに超えるスピードで変化した。生成AIの登場だ。
今や、僕が苦労して学んだような単純なコーディングは、AIが一瞬で書き上げてしまう。ただプログラミングができる、ということ自体の価値は暴落し、僕が投資したスキルは、急速に陳腐化してしまった。
この失敗から、僕は、さらに重要な教訓を学んだ。 それは、「制度を使いこなす」だけでは、もはや不十分だということだ。重要なのは、「“今の時代”に合った、正しい対象に、その制度を利用できるか」ということなのだ。
僕が今、もし再び「教育訓練給付制度」を使うなら、プログラミングそのものではなく、「AIをどう理解し、どう実務に活用できるか」という、より高次のスキルを学ぶために投資するだろう。


コントロールできるものに、全集中せよ
僕たちは、税金の額を、自分でコントロールすることはできない。 この国が沈みゆくスピードを、コントロールすることもできない。 インフレの波を、一身で受け止めるしかない。
しかし、僕たちには、まだコントロールできる領域が残されている。 それは、「自分自身のスキルと、市場価値」だ。
取られる税金に嘆き、失われた200万円を数えることに、人生の貴重な時間を使うべきではない。 僕たちが集中すべきは、その税金によって維持されている「制度」という名の踏み台を、いかに賢く利用し、昨日より今日の、今日より明日の自分を、より価値ある存在へとアップデートしていくか、ということだ。
- 制度を知ること。
- 時代の変化を読み、磨くべきスキルを見極めること。
- そして、行動すること。
この重税感という名の逆風は、僕たちに「このままではいけない」と教えてくれる、アラームなのかもしれない。
嘆くのは、もうやめにしよう。 ただ奪われるだけの「乗客」から、制度を使いこなし、未来を切り拓く「航海士」へ。 取られる税金に文句を言うのではなく、それを利用し尽くす者だけが、この荒波を生き残れるのだから。

