
これが、僕の12年間の“リアル”だ

これは、特別な才能も、親の資産も持たない、ごく、ありふれた一人のサラリーマンが、この12年間で、歩んできた道のりの、全記録だ。
2012年、社会人初年度、年収349万円。 そして、2023年、年収1040万円。
この、右肩上がりのグラフだけを見れば、僕の人生は、順風満帆な、成功物語のように、見えるかもしれない。 しかし、断言する。 この、無機質な数字の羅列の裏側には、君たちが、想像する以上の、絶望と、失敗と、そして、トイレの個室で、一人、声を殺して泣いた日が、確かに、存在した。
この記事は、そんな僕が、いかにして、年収300万円という、停滞した“ぬるま湯地獄”から、抜け出したのか。 そして、「努力は、必ず報われる。ただし、“正しい場所”でなければ」という、この世界の、残酷で、しかし、希望に満ちた“真実”に、たどり着いたのか。
その、僕の、半生を賭けた「思考と、行動の、すべて」である。
第一章:中小企業という名の“緩やかな死” (2012年〜2015年)
社会人としての僕のキャリアは、都内の中小企業で、経理として始まった。 年収は、350万円程度。 住まいは、会社の、古く、汚い「寮」だった。僕は、その、息の詰まるような環境から、一刻も早く、抜け出したかった。そして、結婚を機に、ようやく、その寮を、脱出した。
しかし、僕たちを待っていたのは、甘い新婚生活などではなかった。 東京での、家賃10万円という、重い固定費。 手取り、20万円そこそこの給料。 もちろん、妻も働いてくれていた(2馬力だった)が、生活に「余裕」という言葉が、入り込む隙間は、1ミリもなかった。毎月の赤字を、年に二回のボーナスで、なんとか、食いつぶしながら、生き延びる。そんな、自転車操業の日々。
しかし、僕を、本当に蝕んでいたのは、金銭的な不安ではなかった。 僕が、本当に恐れていたのは、「このまま、ここで、自分は、何者にもなれずに、終わるのではないか」という、“スキル面”での、静かなる恐怖だった。
大した仕事は、与えられない。 昨日と、同じ今日が、ただ、繰り返される。 この会社で、10年、20年と働き続けた、先輩たちの姿。その、穏やかで、しかし、どこか、諦めに満ちた目に、僕は、自分の、未来の姿を、見てしまったのだ。
「このままでは、ダメだ」 僕は、この「緩やかな死」から、逃げ出すことを、決意した。
第二章:ブラック・ベンチャーという名の“地獄” (2015年〜2016年)
当時の僕は、焦っていた。 今のように、OpenWorkのような、企業のリアルな情報が、手に入る時代ではなかった。 働きながらの転職活動は、精神を、すり減らす。僕は、とにかく、早く、この場所から、抜け出したかった。
そして、その焦りが、僕に、人生で、最大級の“過ち”を、犯させる。 僕は、内定をもらった、一社の上場ベンチャー企業に、飛びついた。
そこは、地獄だった。
- 入社した、直後。僕の直属の上司であるはずの取締役が、精神を病み出社拒否状態になった。
- 僕は、今まで、一度も、やったことのない、上場企業の本決算を、たった一人で、引き継ぐことになった。
- 加えて、管理会計のフォーム変更という、巨大なプロジェクトが降りかかり、長時間労働が、慢性化した。
- そして、僕に唯一業務を教えられるはずだった、直属の女性上司は、こともあろうに産休に入ってしまった。
会社には、人を育てる余裕など、ひとかけらもなかった。 仕事は、教えられるものではなく、「盗む」もの。いや、「ぶん投げられる」ものだった。
僕は、わずか、数か月で、その会社を、辞めることを、決意した。 トイレの個室で、一人、声を殺して、泣いたのは、この時だ。 自分の、あまりの無力さと、世の中の、理不尽さに、ただ、打ちのめされていた。
第三章:“正しい戦場”への、帰還 (2016年〜現在)
地獄の淵から、這い上がった僕が、次に始めたのは、徹底的に、自己分析し、戦略を練り直すことだった。
僕は、複数の転職エージェントに登録し、合計で20社近くの面接を受けた。 そして、6社の内定を、勝ち取った。
僕が、最終的に、選んだのは、現在も勤める、日本の大企業の子会社だった。 僕が、そこを選んだ理由は、明確だった。
- 社員を「大切にする」という、企業文化が、根付いていたこと。
- 長時間労働を、防ぐための「仕組み」が、構築されていたこと。
- そして、僕が、これまで培ってきた「経理」という専門性を、高く、評価してくれたこと。
入社後、僕の人生は、ようやく、好転を始めた。 僕の、7年間という、地味で、しかし、一貫した「経理」の経験は、その会社で「希少価値」となり、僕は、やりがいのある仕事を、任されるようになった。 そして、その成果は、正当に評価され、僕の年収は、グラフが示す通り、着実に、右肩上がりに、上昇していった。
結論:君の人生は、“ハードモード”ではない。ただ、“戦う場所”を、間違えているだけだ
順風満帆に、見えるかもしれない。 しかし、僕の人生は、決して、簡単なものではなかった。 それは、人一倍、もがき、人一倍、悩み、そして、人一倍、努力してきた結果だと、僕は、自負している。
だから、僕は、君に、伝えたい。
もし、君が今、かつての僕のように、低所得と、将来への不安に、苦しんでいるのなら。 それは、君の努力が、足りないからではない。 それは、君の、その、尊い努力を、捧げる「場所」が、間違っているだけなのだ。
人生は、いつか、必ず、本気で、努力すべき“瞬間”が、来る。 その努力の方向性が、間違っていることもあるだろう。しかし、がむしゃらに、行動し、時には、僕のように、地獄を見ながらも、自分にとって、最も心地のよい、そして、最も、自分の力が、発揮できる場所を、探し続ける。 その、泥臭いプロセスこそが、すべてなのだ。
僕が、もし、今でも、あの、最初の中小企業に、居続けたら。 僕は、絶対に、今のこの金銭的な不安から完全に解放された、穏やかな幸福を手にすることはできなかっただろう。
君の人生は、君だけのものだ。 会社の都合や、上司の機嫌に、君の未来、委ねてはならない。
環境を変える、覚悟を持て。 正しい場所で、正しい努力を、積み重ねろ。 その先に、君が、まだ、見たことのない、「イージーモード」の人生が、必ず、待っているのだから。