人間関係 学び

MBAで出会った「会社を愛する同僚」への違和感。自分の社会不適合っぷりを再認識した話

2025年8月17日

熱気あふれる教室で、僕だけが感じていた“ズレ”

ビジネススクール(MBA)の教室。そこは、知的な熱気に満ちた空間だ。

優秀で、野心にあふれた同級生たちが、週末の貴重な時間を投資して学びに来ている。彼らは、授業で得たフレームワークや知識を、目を輝かせながら語り合う。 「この戦略、うちの事業部に適用できないか?」 「このリーダーシップ論を、どうすれば自分のチームに浸透させられるだろう?」

彼らのエネルギーは、力強く、そして一様に「外側」へ向いている。つまり、今、自分が所属している「会社」を、どうすればもっと良くできるか。その一点に、彼らの情熱は注がれているのだ。その姿は、疑いようもなく、立派で、献身的だ。

しかし、僕は、その熱気を少しだけ離れた場所から眺めながら、拭いがたい「違和感」を感じていた。一種の“ズレ”とでも言うべきか。

なぜなら、僕のエネルギーのベクトルは、彼らとは真逆に、徹底して「内側」へ向いているからだ。僕が考えているのは、「この学びを、どうすれば“自分の人生”を豊かにするために使えるか」ということであり、会社のことは、その構成要素の一つでしかない。

なぜ、僕と彼らは、これほどまで違うのか。 そして、なぜ僕は、「会社のために」と心から思える彼らのようには、なれないのか。

これは、どちらが正しいという話ではない。ただ、僕がなぜ「内向き」のキャリア観を持つに至ったのか、その理由と、その先に見据えている人生戦略について、正直に語ってみたいと思う。


第一章:「外向きの忠誠心」という、美しくも危うい献身

まず、誤解のないように言っておきたい。僕は、「外向き」のエネルギーを持つ同級生たちを、心から尊敬している。彼らのような存在がいるからこそ、組織は成長し、イノベーションは生まれる。その「貢献したい」という思いは、純粋で、美しいものだ。

しかし、同時に僕は、その生き方に、ある種の「危うさ」を感じずにはいられない。

彼らの多くは、無意識のうちに「会社という存在」と「自分自身の人生」を、過剰に一体化させているように見える。会社の成功が、自分の成功。会社の危機が、自分の危機。その忠誠心は、自分のアイデンティティや自己肯定感を、所属する組織という、極めて不安定な土台の上に築き上げていることに他ならない。

しかし、僕たちは知っているはずだ。 会社は、家族ではない。それは、あくまで利益を目的とした、合理的な組織体だ。 そして、そこで働く僕たちは、どれだけ貢献しようとも、究極的には「代替可能な、ただの労働力の一人に過ぎない」という、冷徹な事実を。

市況が悪化すれば、昨日まで「家族」と呼んでくれた会社は、平気で僕たちの肩を叩く。あなたの忠誠心や、これまでの貢献が、その合理的な経営判断を覆すことは、ほとんどない。

その時、「外向き」のエネルギーだけで生きてきた人間は、どうなるだろうか。アイデンティティの拠り所を失い、自分の価値を見失い、途方に暮れてしまうのではないか。


第二章:「内向きの自律」という、僕の生存戦略

だからこそ、僕は「内向き」であることを選ぶ。 僕の思考の根幹にあるのは「自分自身を、ひとつの独立した企業『株式会社・自分』と捉える」という考え方だ。

そして、その会社の唯一の代表取締役CEOは、この僕自身である。

この「株式会社・自分」の目的は、特定のクライアント(=今、勤めている会社)を、未来永劫満足させることではない。その目的は、「株式会社・自分」そのものの企業価値を、長期的に、持続的に最大化させることだ。

そのために、CEOである僕は、常にいくつかの経営判断を下し続ける。

  • 事業投資: 自分のスキルや知識という「製品」の価値を高めるため、MBAや資格取得といった自己投資を怠らない。
  • 資産管理: 会社の収益(給与)を、未来の安定のための資産(投資)に、計画的に振り分ける。
  • 市場調査: 自分のスキルが、労働市場全体でどれくらいの価値を持つのかを、常に客観的に把握しておく。

この視点に立つと、「今の会社」は、僕の人生そのものではなく、「『株式会社・自分』にとって、現在、最も重要な取引先(クライアント)」という位置づけになる。

クライアントには、もちろん誠実に向き合う。契約期間中は、最高のパフォーマンスを提供し、貢献する。しかし、もし、このクライアントとの取引が、「株式会社・自分」の長期的な成長を阻害すると判断した場合、あるいは、もっと条件の良い、魅力的なクライアント(=より良い労働環境や高い報酬を提示する、別の会社)が現れた場合。

CEOである僕は、ためらわずに「契約を見直し、取引先を変更する」という、極めて合理的な経営判断を下す。

僕が、人間関係や職場との関係を、比較的簡単に切れるように見えるのは、冷酷だからではない。それは、「株式会社・自分」のCEOとして、自社の価値を守り、高めるための、当然の責務なのだ。


第三章:あなたの値段を決めるのは、上司ではなく「市場」である

この「内向き」の戦略がもたらす、最も分かりやすい果実の一つが「給与(報酬)」だ。

一つの会社に長く勤めていると、あなたの給与は、社内の評価制度や、上司の主観的な判断、そして会社の業績という、非常に閉鎖的な論理の中で、緩やかにしか上昇しない。

しかし、あなたの本当の市場価値は、そんな小さな世界の中だけで決まるものではない。 それは、「あなたという人材を、喉から手が出るほど欲しい企業が、世の中にどれだけ存在するか」という、オープンな市場原理によって決まる

そして、その価値を正確に知る唯一の方法は、実際に「転職市場」という舞台に、自分を商品として並べてみることだ。

多くの会社があなたを求めれば、あなたの値段は、自然と吊り上っていく。これは、需要と供給の、当たり前の法則だ。終身雇用という名の、閉鎖的な水槽の中で飼いならされている限り、あなたは、自分が大海でどれだけの価値を持つ魚なのかを知ることはできない。


捧げるべき忠誠心の、本当のありか

もう一度、ビジネススクールの、あの熱気あふれる教室を思い出す。 会社を良くしようと目を輝かせる同僚たち。彼らの「外向き」のエネルギーは、尊い。

しかし、僕は思うのだ。 その素晴らしいエネルギーと忠誠心を、なぜ、たった一つの、いつなくなるかもわからない、仮初めの組織だけに捧げてしまうのか、と。

僕たちが本当に忠誠を誓うべき相手は、所属する会社ではない。 それは、「過去の自分よりも、今日の自分を良くすること」であり、「今日の自分よりも、未来の自分を、より自由で、豊かなものにデザインすること」だ。

この、人生で最も重要で、最も壮大なプロジェクトに対してこそ、僕たちは「一生懸念命」になるべきではないだろうか。

あなたのキャリアは、あなたが思っているより、ずっと長い。 そして、世界は、あなたが思っているより、ずっと広い。

その長いキャリアと広い世界を、たった一つの会社だけで終えてしまうのは、あまりにもったいない。 今の会社を良くすることも大事だ。しかし、それ以上に大事なのは、どんな会社でも通用する、どんな時代でも生き抜いていける、「あなた自身」を良くしていくことだ。

そうやって磨き上げたあなたを、世の中が放っておくはずがないのだから。

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