歴史

【歴史散策】明治の偉功を運んだ船「明治丸」と、文明開化の味「桜鍋 みのや」

2025年7月26日

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その船は、新しい時代の“夜明け”を運んできた

僕の歴史散策は、時に、教科書に記された一行の記述が、どれほどの熱量と物語を秘めているのかを、肌で感じる旅となる。今回の目的地は、東京・江東区の越中島。ここに、一隻の船が、陸(おか)に上がったまま、静かに眠っている。

その名は「明治丸」。

現存する日本最古の鉄船であり、若き明治天皇が、近代化へと突き進む日本の未来をその甲板から見つめた、まさに“生きた歴史遺産”だ。

この、時代の記憶を凝縮したかのような美しい船と対話し、そして、その足で文明開化の味覚を求め、深川の老舗の暖簾をくぐる。そんな、知的好奇心と胃袋を同時に満たす、最高の休日を提案したい。


第一章:鉄の貴婦人との対面 - 明治丸の記憶

東京海洋大学の越中島キャンパス。その一角に、明治丸は、まるで時が止まったかのように、しかし圧倒的な存在感を放って鎮座している。

遺産名明治丸(国指定重要文化財)
建造年1874年(明治7年)
建造国イギリス・スコットランド
船種鉄製蒸気船
主な歴史当初は灯台巡視船として日本の海を守り、1876年に明治天皇の御座船(ござせん)として東北・北海道巡幸の帰途、青森から横浜までを航海。小笠原諸島の領有権確立にも貢献した後、長らく商船学校の練習船として多くの海の男を育てた。

この船が、単なる古い船ではないことは、その経歴を見れば一目瞭然だ。日本の近代化の礎であった灯台事業を支え、国家の主権を示し、そして未来を担う人材を育成する。まさに、明治という時代の希望と使命を、その一身に背負っていた船なのだ。

そして、この明治丸の歴史を一際輝かせているのが、1876年(明治9年)の明治天皇の乗船である。


第二章:天皇が見た景色 - 甲板の上で、歴史に思いを馳せる

青函連絡船も、東北本線もまだ存在しなかった時代。東北地方を巡幸された明治天皇は、その帰路、青森からこの明治丸に乗船し、横浜港へと凱旋された。

僕は、美しく修復された甲板に立ち、150年近く前の光景を想像する。 横浜港に到着したこの船を、どれほどの国民が、熱狂と希望を持って出迎えたことだろう。若き天皇が、最新鋭の鉄の船に乗って帰還する。その姿は、封建時代と決別し、新しい国家として世界の大海原へ乗り出していく日本の姿そのものだったに違いない。

この甲板の上で、明治天皇は何を思ったのだろうか。急速に変わりゆく景色と、国民の熱狂。その目に映るすべてが、新しい国造りへの、重い責任と確かな手応えを感じさせたのかもしれない。

写真や映像では決して伝わらない、その場の空気、スケール感、そして歴史の重み。これほどの歴史遺産が、風雨に耐え、今日までその姿を留めてくれていること自体が、奇跡に近い。僕たちは、この奇跡をもっと大切にし、その声に耳を傾けるべきなのだ。


第三章:文明開化の味を求めて - 「桜鍋 みのや 本店」の暖簾をくぐる

歴史との対話で知的な空腹を満たした後は、本物の空腹を満たしに行こう。明治丸が停泊する越中島から、少し足を延くした森下。そこに、文明開化の時代から続く、庶民の味がある。「桜鍋 みのや 本店」だ。

明治30年創業。100年以上の時を刻んだ趣のある建物は、それ自体が歴史遺産のような風格を漂わせる。僕たちが求めるのは、この店の代名詞「桜鍋」。すなわち、馬肉のすき焼きである。

席に着くと、年季の入ったテーブルの中央に、ガスコンロが置かれる。運ばれてくるのは、鮮やかな桜色の馬肉が盛られた皿と、特製の鉄鍋。店員さんが、秘伝の味噌仕立ての割り下を注ぎ、手際よく肉を広げてくれる。

じゅわっと音を立て、甘辛い香りが立ち上る。 頃合いを見計らって、溶き卵にくぐらせて口に運ぶ。

その瞬間、馬肉に対する僕のイメージは、完全に覆された。 よく言われるような繊維質っぽさや硬さは皆無。驚くほど柔らかく、舌の上でとろけるようだ。そして、噛みしめるほどに広がる、牛肉とは全く違う、濃厚で、力強い肉の旨味。味噌と出汁が効いた甘辛い割り下が、その旨味を極限まで引き立てる。

これは、美味い。 肉食文化が広まった明治の時代、栄養価が高く、安価で、身体を温める馬肉は、新しい時代を生きる庶民のエネルギー源だったのだろう。まさに「文明開化の味」と呼ぶにふさわしい、歴史の味がした。


第四章:深川で過ごす、豊かな一日

明治丸で国家の大きな歴史に触れ、みのやで庶民の食文化の歴史を味わう。この二つを体験するだけでも、十分に満たされた休日になる。

しかし、もし時間に余裕があるなら、この深川というエリアは、さらに僕たちの知的好奇心を満たしてくれる。 例えば、少し歩けば「清澄庭園」がある。三菱財閥の創業者・岩崎彌太郎が築いた、明治を代表する美しい回遊式林泉庭園だ。静かな庭園の緑と水辺が、心地よくクールダウンさせてくれるだろう。

あるいは、松尾芭蕉のゆかりの地を巡ったり、深川江戸資料館で江戸の暮らしにタイムスリップしたりするのもいい。


歴史散策は、最高の知的エンターテイメントだ

派手なアトラクションがあるわけではない。しかし、明治丸から清澄庭園、そして桜鍋へと続く、この深川での一日は、僕に、何物にも代えがたい豊かな時間を与えてくれた。

自分の足で歩き、自分の目で見て、自分の舌で味わう。 そうやって歴史と対話する中で、僕たちは、今、自分が立っている場所が、無数の過去の物語の上に成り立っていることを実感する。

それこそが、歴史散策という、最高の知的エンターテイメントの醍醐味なのだ。 次の休日、あなたも、自分だけの物語を探しに、街へ出てみてはどうだろうか。

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