二重の結界の、その先に

僕の歴史散策は、時に、地図に載らない「結界」を越える旅となる。今回の目的地は、東京・広尾。普段は男子禁制の学び舎、聖心女子大学。そのキャンパスの最も奥深くに、さらに特別な結界に守られた場所がある。
昭和天皇の后、香淳皇后が少女時代を過ごされたご実家「旧久邇宮邸(きゅうくにのみやてい)」。通称、パレス。
年に数回、限られた人数にのみ、その内部が公開される。幸運にもその機会を得た僕は、桜が満開の季節に、この二重の結界を越え、華麗なる宮家の記憶が眠る場所へと、足を踏み入れた。
建物内は、写真撮影が許されない。だからこそ、僕は五感を研ぎ澄ませ、その空間が放つすべての光、音、そして空気を、記憶に刻み込もうと心に決めた。
第一章:時を纏う宮殿 - 旧久邇宮邸の肖像

緑豊かなキャンパスを歩き進めると、その建物は、まるでヨーロッパの宮殿のように、圧倒的な気品と存在感を放って現れる。大正時代に建てられたとは思えないほどの、壮麗で完璧なプロポーション。桜の淡いピンク色が、その白亜の壁を優しく彩り、息を呑むほどに美しい。
建物名 | 重要文化財 旧久邇宮邸(通称:パレス) |
所在地 | 東京都渋谷区広尾(聖心女子大学キャンパス内) |
竣工年 | 1924年(大正13年) |
設計者 | 森山松之助(基本設計)、宮内省内匠寮 |
様式 | パラディアン様式を基調とした古典主義様式 |
主な歴史 | 陸軍大将・久邇宮邦彦王の邸宅として建設。その長女であり、後に昭和天皇の皇后となる香淳皇后が、ご成婚までの日々を過ごされた場所。戦後、聖心女子大学の校舎(1号館)となり、現在に至る。 |
この場所が、単なる美しい洋館ではないことは、その歴史が物語っている。昭和という激動の時代を、国母として生き抜いた一人の女性が、その感受性を育んだ場所。この建物は、近代日本の、そして皇室の歴史の、静かなる証人なのだ。
第二章:言葉で描く、記憶の中の“宮殿”

重厚な扉の向こうは、ため息が出るほどの、美の世界だった。撮影が許されないからこそ、僕はそのディテールを、言葉でここに再現したい。
① 光と影が織りなす、大広間と大階段
一階の大広間。床には、寄せ木細工が緻密な幾何学模様を描き、磨き上げられたその表面は、窓から差し込む春の光を柔らかく反射している。壁には、重厚な大理石で造られた暖炉が鎮座し、この邸宅の格式の高さを物語る。
そして、目の前に現れるのは、宮殿の心臓部とも言うべき、優雅な曲線を描く大階段だ。滑らかな手すりにそっと手を触れると、ひんやりとした木の感触が伝わってくる。かつて、若き日の香淳皇后も、この手すりに触れながら、日々の食卓へと向かったのだろうか。
② 細部に宿る、職人たちの魂
僕が最も素晴らしいと感じたのは、その内部の作り込みの精巧さだった。
天井の漆喰装飾、ドアノブ一つひとつの意匠、そして、部屋ごとに異なるデザインのシャンデリア。どれ一つとして、妥協がない。そこには、大正という時代の、最高の職人たちが、持てる技術と美意識のすべてを注ぎ込んだであろう、静かで、しかし熱い魂が宿っている。
大量生産や効率化とは無縁の世界。ただ、ひたすらに美しいもの、本物だけを追求した時代の贅沢。それは、現代の僕たちが失ってしまった、何か大切なものを思い出させてくれるようだった。
第三章:桜の記憶 - 華やかな歴史への思索

ガイドの方の説明に耳を傾けながら、僕は窓の外に広がる満開の桜に目をやった。
1924年1月26日、この邸宅で、良子女王(後の香淳皇后)と、皇太子であった裕仁親王(後の昭和天皇)の御結婚の儀が行われた。その日、彼女はどんな思いで、この窓から外を眺めたのだろうか。
これから始まる、皇后としての重責。そして、その後に待ち受ける、戦争と復興という、想像を絶する激動の時代。
この華やかで、光に満ちた宮殿での日々は、彼女にとって、その後の長い人生を支える、かけがえのない記憶となったのかもしれない。桜の花びらが舞う庭を眺めながら、僕は、歴史の大きな物語と、一人の女性の個人的な物語が交差する、その不思議な感覚に、しばし時を忘れて浸っていた。
開かれた扉と、未来への継承
旧久邇宮邸の一般公開は、年に数回、事前申し込み制で行われている。それは、誰にでも開かれているわけではない、貴重な機会だ。
しかし、この歴史的建造物が、未来を担う若者たちの学び舎として、日々「生きている」という事実は、何よりも素晴らしいことだと思う。過去の遺産を、ただ博物館に保存するだけでなく、現代の教育の場で活用し、その価値を未来へと継承していく。聖心女子大学のその姿勢に、僕は深い感銘を受けた。
もしあなたが、歴史や建築に少しでも興味があるのなら、ぜひ、この一般公開の機会を逃さないでほしい。 写真には残せない、しかし、心には深く刻まれる、本物の美と歴史が、あなたを待っているはずだから。
桜舞うキャンパスを後にしながら、僕は、この静かな感動を胸に、また次の歴史散策へと向かうことを、心に誓うのだった。