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“恐怖指数”の代名詞【VIX指数】とは?見方と投資戦略への活かし方を徹底解説

投資の世界は、人間の「感情」が渦巻く戦場である。 どれだけ冷静を装っていても、市場参加者の行動は、根源的な二つの感情――「恐怖」と「強欲」――によって、大きく揺さぶられる。

賢明な投資家とは、この感情の波に乗りこなす者のことだ。そして、その波を乗りこなすためには、まず波の高さを客観的に知る必要がある。

もし、市場に渦巻く「恐怖」という感情を、一つの数字として可視化できるとしたら、どうだろうか。

それを実現したのが、VIX指数(Volatility Index)、通称「恐怖指数」である。

この記事では、まず投資家心理を読み解く上で最も有名な指標である「VIX指数」の仕組みと、それをどう投資戦略に活かすかを徹底的に解説する。さらに、より専門的な視点から、プロの投資家が真に注目するもう一つの恐怖のサイン、「ハイイールド債スプレッド」についても深掘りしていく。

この記事を読み終えた時、あなたは感情的な売買から一歩抜け出し、市場の恐怖を「味方」につけるための、強力な羅針盤を手にしているはずだ。

第1章:“恐怖指数”の代名詞【VIX指数】の正体

VIX指数とは、シカゴ・オプション取引所(CBOE)が算出・公表している、極めて重要な指標である。

これは、米国の代表的な株価指数である「S&P500」のオプション取引の値動きを基に、今後30日間の市場の変動率(ボラティリティ)を、投資家がどの程度予想しているかを数値化したものである。

簡単に言えば、「市場参加者たちが、これから先一ヶ月、どれくらい相場が荒れそうだとビビっているか」を示す指数なのだ。

市場が安定している時は、投資家は楽観し、VIX指数の数値は低くなる。逆に、何か悪いニュースが出て市場が混乱し始めると、投資家は恐怖を感じ、VIX指数は急騰する。この性質から、VIX指数は「恐怖指数」という、的確なニックネームで呼ばれているのである。

VIX指数の「水準」をどう読み解くか

では、VIX指数の具体的な数値を、我々はどう解釈すればよいのか。一般的に、以下の水準が目安とされている。

  • 20未満:平穏・楽観 市場は非常に落ち着いており、恐怖感はほとんどない状態。しかし、過度な楽観は「暴落の前の静けさ」である可能性も忘れてはならない。
  • 20~30:警戒 市場にやや不透明感が漂い始め、投資家が警戒を強めている状態。
  • 30~40:恐怖 明確な悪材料が出現し、市場が恐怖に包まれている状態。多くの投資家が、パニック的な売りに走り始める水準である。
  • 40以上:極度のパニック リーマンショックやコロナショックのような、歴史的な暴落時に記録されるレベル。市場は、理性が吹き飛んだ、極度のパニック状態にある。過去には80を超える数値を記録したこともある。

投資戦略への活かし方:「逆張り」のシグナル

VIX指数の最も戦略的な活用法は、「逆張りのシグナル」として利用することだ。

投資の世界には、「恐怖で買い、熱狂で売る」という有名な格言がある。VIX指数は、この「恐怖の瞬間」を、客観的な数値で教えてくれる。

VIX指数が30、あるいは40を超えて急騰している時。それは、市場の大多数が恐怖に駆られ、優良な資産までをも投げ売りしている「パニックの真っ只中」を意味する。

凡庸な投資家は、ここで同じように恐怖を感じ、保有資産を売ってしまう。 しかし、我々が目指すべきは、その逆だ。

VIX指数の急騰は、「絶好の買い場」が近づいていることを示す、強力なシグナルなのである。

具体的な戦略はこうだ。 平穏な時から、自分が投資したいと考えている優良な投資対象(例えば、S&P500やオルカンのETF、あるいはGAFAMのような優良個別株)のリストアップをしておく。そして、VIX指数が30や40を超えるようなパニック相場が訪れた時、恐怖に打ち勝ち、あらかじめ決めておいた銘柄を、冷静に、少しずつ買い向かうのだ。

もちろん、VIXがピークをつけた瞬間が、株価の正確な大底になるとは限らない。しかし、市場が最も悲観に包まれた「ゾーン」で仕込むことができれば、その後のリターンが極めて大きくなる可能性は、歴史が証明している。

第2章:プロが本当に見ている恐怖のサイン【ハイイールド債スプレッド】

VIX指数が、株式市場の「感情的なパニック度」を測る指標だとすれば、次に紹介する「ハイイールド債スプレッド」は、より深く、経済全体の「信用リスク」、つまり「企業の倒産リスクに対する恐怖度」を測る、プロ向けの指標である。

少し専門的に聞こえるかもしれないが、その仕組みは極めて論理的であり、これを知ることで、あなたの市場分析の解像度は飛躍的に向上する。

ハイイールド債スプレッドとは何か

ハイイールド債とは、格付けが低く、信用リスクが高い企業が発行する社債のことだ。「ジャンク債(ゴミのような債券)」という、不名誉な別名も持つ。

当然、投資家はこんなリスクの高い社債に投資するのだから、米国国債のような安全な資産よりも、はるかに高い利回りを要求する。

この、「ハイイールド債の利回り」と「安全な国債の利回り」の差のことを、「ハイイールド債スプレッド」と呼ぶ。

なぜ、これが「恐怖のサイン」なのか

このスプレッドの意味するところは、こうだ。

  • 景気が良い時(平穏) 企業の倒産リスクは低い。投資家は楽観的で、リスクの高い社債にも積極的に投資するため、スプレッドは「縮小」する。
  • 景気が悪い時(恐怖) 企業の倒産リスクが高まる。投資家は恐怖を感じ、リスクの高い社債を敬遠する。それでも投資してもらうためには、企業は極めて高い利回りを提示する必要がある。結果、スプレッドは「拡大」する。

つまり、ハイイールド債スプレッドの拡大は、経済のプロである債券市場の投資家たちが、近い将来の景気後退や企業の倒産連鎖を、本気で警戒し始めたことを示す、強力なサインなのである。

多くの場合、このスプレッドの拡大は、株式市場の暴落に先行して現れる。VIX指数が短期的なパニックを反映するのに対し、ハイイールド債スプレッドは、より中長期的な、経済の足腰の強さに対する信頼の揺らぎを示す、先行指標なのだ。

したがって、我々個人投資家は、このスプレッドが急拡大し始めたら、「株式市場にも、近いうちに本格的な嵐が来るかもしれない」と、一段階上の警戒レベルで備えることができる。

結論:感情ではなく、羅針盤で航海する

我々が航海している投資の世界は、感情という名の嵐が絶えず吹き荒れる、危険な海だ。

多くの人々は、羅針盤を持たずにこの海に乗り出し、恐怖の嵐に巻き込まれて、船を沈めていく。

今回紹介した「VIX指数」と「ハイイールド債スプレッド」は、この危険な航海を生き抜くための、極めて信頼性の高い「羅GLISH盤」である。

  • VIX指数: 短期的な市場のパニック度を測る「風速計」
  • ハイイールド債スプレッド: 中長期的な経済の健全性を測る「気圧計」

これらの指標を日々の投資判断に取り入れることで、我々は、自分自身の感情や、メディアの煽りといったノイズから距離を置き、客観的な事実に基づいて行動できるようになる。

もちろん、これらの指標も万能ではない。しかし、これらを知らずに投資をすることは、天気図を見ずに船を出すようなものだ。

恐怖に駆られて売るのではなく、恐怖をシグナルとして買う。 熱狂に浮かされて買うのではなく、熱狂を警戒して利益を確定する。

感情に支配される投資から、データを使いこなす投資へ。 その知的なシフトこそが、あなたを長期的な成功へと導く、唯一の道なのである。

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